人称代名詞(7)ベトナム語での人称代名詞 その4 チ|ベトナム語の壁(文法)

2018年2月27日

前回勉強したアインは、自分より年上の男性に使う人称代名詞です。今回、勉強するのは、自分より年上の女性に使う人称代名詞です。

年上の女性には、チと呼びかけます。

とはいっても、アインと同様、誰でもチと呼べばいいわけでもありません。今回は、チの使い方を見ていきましょう。

(注意)ベトナム北部では「チ」と短く発音することが多いですが、南部の人は少し伸ばす感じで「チ-」と発音する人が多いように感じます。ここではすべて「チ」と表記します。

1. 例文

簡単な例文を見てみましょう。自分が、相手に話しかけます。
このとき、相手は、女性で、自分より年上です(この前提条件は大事です)。

相手:Chào chị! Chị khỏe không?
(チャオ チ! チ ホエ ホン?)

こんにちは! お元気ですか?

2. 発音

カタカナ読み通り「チ」で通じますが、最後に、気持ち程度口を横に引くと音がよりはっきりしていいと思います。chịという単語のiのアルファベットの下についている小さな点は、詰まった発音であることを示す声調記号です。ですから、本来はチッと発音するぐらいでもいいと思うのですが、実際にはそこまで詰めた音にしているわけではありません。また、南部ではむしろ少し伸ばし気味で「チー」というように聞こえます。

3. Chị(チ)の使用方法

Chị(チ)はどのように使用するのでしょうか?主に以下の4つのケースで使用します。

自分の実の姉のことを指す。また、実の姉を呼ぶときの人称代名詞及び敬称

自分より年上の女性に使う人称代名詞(ただし、厳密には自分より10から15歳程度年上まで)

自分より年上の女性を呼ぶ際に、その人の名前の前にchị(チ)を付けると、日本語で人を呼ぶときの「○○さん」の「さん」という敬称

④女性が、自分より年下の人と話す時(相手の性別は問いません)に「わたし」という意味で使用する人称代名詞

(1)は、chị(チ)の本来の使用法です。弟や妹が自分の実の姉に呼びかけるときにchị(チ)と呼びます。しかし、アインの時と同様、実際には(2)の用途で使われることがほとんどです。そのため、(1) のように、自分の実の姉であることをほかの人に紹介する時にはchị gái(チ ガー↗)もしくはchị ruột(チ オット)という表現を使って、より明確にします。

(2)の用途の場合、相手が女性で、自分より年上ならば、こちらが相手に「あなた」と呼びかけるときにchị(チ)を使います。一方、自分が女性で、相手が自分より年下ならば、相手がこちらに「あなた」と呼びかけるときにchị(チ)を使います。

例を見てみましょう。冒頭の例文と似ていますが、もう少し具体的な設定です。

わたしが、自分より10歳年上のトゥイーさん(女性)に話しかけます。

自分: Chào chị Thủy! Chị khỏe không?
自分:こんにちは、トゥイーさん! お元気ですか?

Chị khỏe không? と尋ねているときのchịは「あなた」という意味です((2)の使用法)。トゥイーさんはわたしより年上なので、わたしがトゥイーさんのことを呼ぶときにはchị(チ)を付けます。

Chào chị Thủy! のchịは、「さん」という意味で、(3)の使用法です。ベトナム語では、ほとんどの場合、名前の前に人称代名詞を付けます。日本語の「さん」、「君(くん)」、「ちゃん」といった役割です。名前だけを呼ぶこともありますが、同い年や、年上の人が年下の人を呼ぶときに限られると言えるでしょう。ただし、この場合でも双方が親しい間柄であるときだけのことが多いようです。

(4)の使用法は、自分のことを呼ぶときに使うケース、つまり「わたし」としての使い方です。あなたが女性で、話をしている相手が自分より年下であれば、あなたは自分のことを指す「わたし」という意味でchị(チ)を使います。また、あなたと話している相手が女性で、あなたより年上なのであれば、その女性は自分のことを指す「わたし」という意味でchị(チ)と呼びます。

例を見てみましょう。先ほどの会話の続きです。

自分: Chào chị Thủy! Chị khỏe không?
自分:こんにちは、トゥイーさん! お元気ですか?

Thủy: Chị khỏe.
トゥイーさん:はい、(わたしは)元気です。

トゥイーさんが「元気です」と答える時に言うchị(チ)は、「わたし」という意味です。混乱しがちですが、慣れるようにしましょう。

4. 使用上の注意

chị(チ)を使いこなすうえでの注意点をあげてみたいと思います。

見知らぬ人にもchị(チ)を使える。本来は「姉」という意味のchị(チ)ですが、実際には自分より年上の女性にも使う人称代名詞であり、見知らぬ人に声をかけるときにも使ってまったく問題ありません。ベトナム人に関していえば、見知らぬ人からchị(チ)と声をかけられて嫌がる人はほとんどいないでしょう。

アインの時と同様、自分との年齢差に注意を払う必要があります。ただし、多くのベトナム人の女性も、できるだけ若く見られたいという気持ちを持っていますから、適切な判断が必要です。例えば、明らかに自分の親と同年代あるいはそれより少し若いくらいの女性であれば、chị(チ)と呼ぶと、不敬な印象を与えてしまうので、chị(チ)と呼ばないほうがよいでしょう。でも、chị(チ)と呼ぶべきかなと迷うくらいの年齢差なら、chị(チ)と呼んだ方が喜ばれると思います。

○一方、年下の女性をchị(チ)と呼ぶのは、ある程度の例外を除いて好まれません。というのは、老けているとみなしているような印象を与えるからです。例外として考えられるのは、たとえばある夫婦がいて、ご主人はあなたより年上ですが、奥さんはあなたより年下の場合です。しかも、その夫婦とそれほど親しいというわけではないのであれば、ご主人はアイン、奥さんはchị(チ)と呼んで構いません。

○上にも書いたように、chị(チ)の適用範囲は自分より10から15歳程度年上までが一般的ですが、少し広めに幅を持たせても大丈夫でしょう。ただし、これは自分と相手との関係にもよります。

○会社など、ある一つのグループに所属する仲間同士の場合、15歳以上年が離れていてもchị(チ)と呼ぶことは十分あり得ます。その場合には「年上の同士」という感覚でしょう。

アインと同様、自分と相手がそれぞれ何歳ぐらいなのか、ということも関係します。たとえば、トゥイーさんとチャーさんとわたしの三人がいたとします。全員、女性です。この三人の年齢は次の通りです。

トゥイーさん 48歳
わたし 30歳
チャーさん 12歳

わたしとトゥイーさん、わたしとチャーさんはそれぞれ18歳違います。では、質問です。

わたしはトゥイーさんをchị(チ)と呼んでも大丈夫でしょうか?

答え:問題ありません。人によっては「おばさん」を意味するcô(コー)を使う人もいるでしょう。でも、お互いに大人同士なので、わたしがトゥイーさんをchị(チ)と呼ぶのは問題ないと考える人は多いでしょう。

では、チャーさんはわたしのことをchị(チ)と呼ぶのでしょうか

答え:呼びません。ほぼ間違いなく、「おばさん」を意味するコーを使うでしょう。確かに年齢差は18歳で、わたしとトゥイーさんの関係を考えればよさそうに見えますが、わたしが大人であるのに対し、チャーさんはまだ未成年、しかも子どもと言える年齢です。子どもが大人にchị(チ)と呼びかけることはまずありません。なぜなら、ベトナム語では、適切な敬意を示しておらず、大変失礼なことになるからです。同じ未成年でも高校生くらいで、かなり大人に近くなってくると18歳年上の人にchị(チ)と呼ぶのもありかもしれません。

相手に対する敬意の意味で、年下の女性をchị(チ)と呼ぶこともあるが、必要ということではない。

日本では年下の人を呼ぶときに、親しい間柄であれば「くん」や「ちゃん」を使うことがあります。一方、社会人同士や見知らぬ人であれば、相手に対する敬意や、相手との距離感を出すために、年下の人を呼ぶときにも「さん」付けする人も多いと思います。

ベトナム人でもそのような意味でchị(チ)を使う人がいます。ただし、必要とはされていないようです。特にある程度親しい関係なのに、いつまでもchị(チ)と呼ぶのは少ないようです。年下の女性と話す時、最初の数回ぐらいは相手をchị(チ)と呼んでもいいかもしれませんが、普通は相手が耐えられなくなって、「わたしはあなたより年下なので、chị(チ)ではありません」と、言ってくると思います。

もちろん、ある程度フォーマルな場などでは、chị(チ)と呼ぶこともあるでしょう。

5. まとめ

○話している相手が女性で、自分より年上なら、「あなた」という意味で相手のことをchị(チ)と呼ぶ。
○自分が女性で、話している相手が自分より年下なら、「わたし」という意味で自分のことをchị(チ)と呼ぶ。(つまり、あなたが男性なら、この点は関係ありません。)

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