人称代名詞(5)ベトナム語での人称代名詞 その2  トイ、バンッ|ベトナム語の壁(文法)

2017年10月1日

ややこしいベトナム語の人称代名詞で簡単なスタートを切る方法の一つは、tôi(トイ)とbạn(バンッ)を使うこと。

tôi(トイ)は、話している人が自分自身を指す「わたし」という役割しかありません。
同じように、bạn(バンッ)は、話している人から見て相手、つまり「あなた」という役割しかありません。

1. 例文

簡単な例文を見てみましょう。自分が、相手に話しかけます。

自分:Tôi tên là Nam. Bạn tên là gì?
(トイ テン ラー ナム。バンッ テン ラー ズィー?)

わたしの名前はナムです。あなたのお名前は何ですか?

2. tôi(トイ)の発音

tôi(トイ)は、カタカナ読みの通りで問題ないでしょう。声調は「なし」なので、必ずフラットに発生します。語尾をあげたり、下げたりすると意味が違う言葉になるので注意しましょう。みなさん、樋 (とい)を知っていますか?雨が降った時に、家の屋根から流れる雨水を受けて地面に流す溝もしくはパイプのことです。ほかの地方はわかりませんが、関東ではフラットに発音します。この「樋 (とい)」とtôiの発音はほぼ同じです。

3. bạn(バンッ)の発音

bạn(バンッ)を「バン」と説明する人もいますが、「バン」とカタカナ読みするとまず通じません。カタカナ読みで「バン」というとき、言い終わった時に舌は口の中のどこにも触れていないはずです。日本語ではこれも「ン」と表記されますが、ベトナム語では ng となります。ですから普通に「バン」とカタカナ読みすると bang と聞こえてしまい、ベトナム人には通じない、もしくは誤解されてしまうのです。

最初の「バ」の音は、赤ちゃんをあやす時に言う「ベロベロバア」の「バ」の音とほぼ同じです。次の「ン」ですが、これは、口を開けたまま、下の先端を上の前歯の裏側の付け根につけて「ン」と言う音です。ベトナム語では、単語の最後が n の時は必ず舌の先端を、上の前歯の裏側の付け根につけて発声します。そして、最後の「ッ」(小さいツ)は、詰まった音になります。これはこのbạnの声調が「ナンッ」と呼ばれる、詰まった音だからです。bạnのaの下についている小さな点、これが「ナンッ」という声調を示しています。

もう少し練習をしてみましょう。「バッタ」と言ってみてください。昆虫の「バッタ」です。次に、同じようにバッタと言いますが、今度は最後の「タ」は言わずに、「バッ」で止めてください。口は大きく開けて「バッ」と言いましょう。口の開け方が狭いと、忙しいを意味するbậnになってしまいます。言ってみると、最後が詰まった感じになりましたか?これが、「ナンッ」の声調です。この「バッ」で通じる可能性も結構ありますが、このままだとbạnのnの音が含まれません。ですから、先に書いたように、下の先端を上の前歯の裏側の付け根につけて発声するようにしましょう。

この単語は慣れるまで、発音しにくく、かつ、相手に通じにくい単語です。ですから発音をしっかり練習しましょう。

4. tôi(トイ)の使い方

これまで見てきたように、ベトナム語では人称代名詞が多く、しかも状況によって使い分ける必要があります。では、tôi(トイ)はどのように使えばよいのでしょうか?

実は、ベトナム人がtôi(トイ)を使う機会はかなり限られています。このtôiという言葉は、ほぼ自動的に相手に自分との一定の距離(つまり、遠いということ)を伝えます。ベトナム人同士であれば、初めて会う人に対してでさえ、自分のことをtôiと呼ぶ人はあまりいません。とはいえ、あまり使われていないだけであって、自分のことをtôiと呼ぶこと自体は間違いではありませんし、特に外国人であれば、まったく問題ないでしょう。

ベトナム人のtôiの使い方についていえば、講演会のようなところで、それなりの人数の聴衆に向かって話している講演者が自分のことを呼ぶときにtôiということはあります。これはおそらく、そうした場がかなり改まっていて、それなりの距離感があるほうが適切だからだと思われますし、もう一つは、客席側にいろいろな年齢の人がいるからだと思います。

会話の際には、これまでも書いたように、一対一もしくは少数の人による会話の中で使われることはほとんどないようです。また、わたしの観察では、年下の人が年上の人に使うこともあまりないようです(年下の人はem(エム)やcháu(チャウ)など、ほかの人称代名詞を使います)。年上の人が、ある程度の敬意をこめて年下の人と話す時、年下であっても男性をanh(アイン)、女性をchị(チ)、と呼ぶことがありますが、その時には自分のことをtôiと呼びます。

ここで強調したいのは、tôiは日本語の「わたし」と同じ役割なだけであって、この言葉が与える印象は日本語の「わたし」とは明らかに違います。ですから、ベトナム語に慣れてきたら、これ以降に説明するほかの人称代名詞を使い分けられるようにするとよいでしょう。

5. bạn(バンッ)の使い方

bạn(バンッ)はtôiよりは使用頻度が高いと思います。特に、少人数であれ大人数であれ、ある程度の人数の人に対して話しかけるときには、日本語の「たち」のように複数を意味するcác(カック)という言葉を付けて、các bạn(ベトナム人が発声するともっと短くなり、カックバッのように聞こえます)と使います。日本語で「みなさん」という意味ですね。

また、見知らぬ人に話しかけるときにbạnを使うことも多いと思います。ただし、「あなた」という意味でbạnを使うときはtôiの時と同じく、年上の人が年下の人に使うのであって、年下の人が年上の人を呼ぶときにbạnというのは聞いたことがありません。自分と相手の人の歳がほとんど同じで、年齢を聞くまでどちらが年上なのかわからない時にbạnを使うこともあります。

6. まとめ

tôi(トイ)には「わたし」、bạn(バンッ)には「あなた」という役割があるので、ベトナム語初心者はこれでスタートすることができます。ベトナム人は意味を正しく理解してくれるでしょう。ただ、この二つだけですべての会話を続けていくことはあまりお勧めできません。それは次の理由によります。

まず、自然ではありません。先にも書きましたが、tôiとbạnは日本語の「わたし」「あなた」と同じ役割を持っているだけで、日本語と同じ使われ方をしているわけではありません。特にこの二つの言葉はベトナム人に対して、自分と相手の間に少なからず距離感があることを言外に伝えるので、すでに知り合っている関係なのにこれを使い続けると、相手は寂しく感じるかもしれません(ベトナム語とはそういうものなのです)。

二つ目の理由は、自分がtôiとbạnを使っても、会話をしている相手のベトナム人はそのほかの人称代名詞を使うでしょうから、結局それに慣れない限り、ベトナム語の壁は乗り越えられないのです。自分が話す時に混乱しないという意味でtôiとbạnでスタートするのは良いですが、相手が話す時に自分の頭の中が混乱することまでは避けられません。

ではベトナム人はどんな人称代名詞を使うのか、さらに見ていきましょう!

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